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まさる先生のブログ

新たな武道の境地を目指します

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ブラウン一家の紅葉狩り-11(毛越寺の庭園跡)

 平泉駅前で合流

三田巡査長の父親と個人タクシーの運転手が、並んで待って居た。

野村さんが助手席から素早く降りて、後ろのドアを開ける。

 

「三田さん、今日は出迎えて頂いて有難うございます、こちらがケイズ・ブラウンさんです、今日は平泉観光のご案内を宜しくお願いします」とブラウンさんを紹介。

 

「沖縄から来た、ケイズ ブラウンといいます」と軽く会釈する。

観光協会の三田です、こちらが観光タクシーでガイドの毛利さんです」と紹介と挨拶

 

「毛利です、ご希望に沿えるように努めます、お言いつけ下さい」と会釈する。

 

「野村さん今日はタクシーの代役を担って戴き、有難うございます」と三田さんが挨拶する。

 

「いつもお嬢さんの運転で、管内を走り回って居ますから、少しオーバーランした様なもんですよ」

 

「ブラウンさん、帰りはどういたしますか決めて居ませんでしたが~」とブラウンさんを見ると三田巡査長と笑いながら話をしている。

 野村さん帰りも気にする

「あぁ~失礼、平泉も可なり見どころが有るようなので、夕方毛利さんとご相談して考えます、まさるさんにも連絡してみます、公務中の私用はこれ位にして頂き有難うございました」

 

「じゃぁここで失礼します、あとは三田事務長にお任せして戻ります」と軽く挙手の礼をして助手席のドアを開け、三田君何か云う事は無いの」と運転席を見る。

 

三田巡査長は、小首を傾げて頷き笑顔で前方を確認する。

「毛利さん、後を宜しくお願いしますね」と野村さんがドアを閉める。

 

毛利さんが道路に出て来て、駅に向かう車に会釈をしていた三田巡査長に

「佳代ちゃんどうぞ、お疲れさん」とパトロールカーを送り出す。

 

ブラウンさんが

 「三田事務長さんも、わざわざわたし達のためにお時間を取らせて申し訳ありません」と三田さんにお礼を言いながら、啓子さんに顔を向けた。

 

「私、ケイズの女房で名護啓子です、よろしくお願いします」と腰を折って礼をする。

 ブラウンさんの日本語

「一つだけ聞いて宜しいですか?」と三田さんがブラウンに聞く。

「ブラウンさんは、日本人より上手に日本語を話しますが、大学の先生か為さっているんですか?」と聞く。

 

「はぁ~そのことは皆さんから不審がられます、軍隊を辞めて10年ほどになりますが、日本に派遣されたころから歴史や風土が好きになり、文字がが読めないと理解できないので軍属の通訳さんに特別レクチャーを受けました、彼は秘書的な仕事も難なく処理して呉れました」

 

 

「その方は日本人でしたか?」と三田さんも興味を示す。ブラウンさんは急ぐ旅でもないので啓子さんにタッチするように

「Kくんは片桐三郎と言うんですが、いつもKくんと呼んでいましたが、日本の大学を卒業後に米国に留学語学研修を重ねて、空軍の職員に応募して1年後に岩国に転属になったようです」

 

「ケイズが沖縄に転属になった後で、立川や昭島で英会話の教室を手伝い、ご自分で起業して昭島に英会話の学校を造り、軍のバックアップもあって順調なようですね」

 

「な~るほど、お仕事も為さっているでしょうが凄い事ですね、毛利さん 日本のお客さんより御勉強しているから、良いガイドをおねがいしますね」と毛利さんに譲る

 

「私が知って居ることだけしか、お話が出来ないのですから気楽です、それでは道なりにこの先の毛越寺からご案内します。その後中尊寺に移動して金色堂が良いかと思います、このガイドブックは先ほど三田事務長から頂きましたので、ご利用ください」

 

観光ガイドブックと、名物の食べ物などの案内パンフを渡す。ブラウンさんが

 「それじゃぁ三田事務長さん色々お手配頂き有難うございます、佳代さんに宜しくお伝えください」とUSVの四駆のドアを開ける。

「これは良いですね、車高が高くて見晴らしが良いですね」とブラウンさんはご機嫌だ

 

啓子さんは、少し不満そうに座席の端に掴まり、大変そうで毛利さんが後ろから支えて居る。

毛利さんが申し訳ないような顔で
「奥さん乗り降りの時は手伝いますから、声を掛けて下さい」と恐縮して居る。

 

「あらぁほんとに見晴らしが良いわね、毛利さん大丈夫です気持ちいい車ですね」とご機嫌が直った。

 

毛越寺の庭園跡

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およそ千年の昔、都に模した”北の都”藤原の黄金の郷平泉の象徴的な庭園(^^♪

ブラウンさと啓子さんはイケのほとりで、言葉もなく立ち尽くす

毛利さんは少し離れて、静かの待って居る。

ブラウンさんが毛利さんに向いて

「昔はこの池のほとりに伽藍が有ったようですが、毛越寺の建物は残って居るのですか?」

平安時代の伽藍は2~3回の火災で焼失したようです。江戸時代になって伊達家の庇護で、政宗の時代から再建され何代かに亘って継続され現存する伽藍はその当時の物らしいです」と話しながら

 

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本堂は1226年に焼失、江戸時代仙台の藩主伊達家によって再建されました(^^♪

「少し歩いて見ますか?」と毛利さんが二人の顔を見る。

ブラウンさんは元気に
「向こうの池の傍ですかね」とガイドのマップを見ている。
「はい毛越寺の本堂と少し離れて開山堂、池の斜向かいに常行堂が並んでおり本堂と三角の位置になります」と歩き出す。

 

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開山堂と常行堂

 途中常行堂の脇の小さな流れで、毛利さんが説明
「この流れは毛越寺のための、小川ですが本来の小川ではなく、川の上流から関止めして水を庭園の池に注ぐ為です、格式有る暦史書吾妻鏡】にも記載された催で、平民とは縁遠い話ですが~」

「このパンフに載って居ます歌会の様子です」

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平安時代の雅なうたげを再現した【曲水の宴】

「歌会の趣旨が掲載して居ますが、十二単などや装束だけでも一見の価値があります」

【水の宴(期間/5月第4日曜日)
庭園の遣水(やりみず)に盃を浮かべ、流れに合わせて和歌を詠む、平安時代の優雅な歌遊びです。参宴の歌人のうち男性は衣冠(いかん)、狩衣(かりぎぬ)、女性は袿(うちぎ)、十二単等という装束をまとい、水辺に座ります。開宴の言葉、歌題披露に続いて、催馬楽(さいばら)に合わせて若女(じゃくじょ)の舞が奉納されます。やがて盃を乗せた羽觴(うしょう)が遣水に流されると、歌人たちが歌題にしたがって和歌を詠み短冊にしたためて、流れてくる盃を傾けます。結びに講師(こうじ)が歌をよみあげ、終宴となります】

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「今,通ってきた遣り水の流れは「曲水の宴」の流れそのものです」

「本当だ、歴史の現場を歩いて居る訳ですね」とブラウンさんが声を出した。