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まさる先生のブログ

新たな武道の境地を目指します

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ブラウン一家の紅葉狩り-6

川渡の夜は意義深い

昨夜の歓迎食事会は、祖父の敬老会とブラウンさんの「日本人のシュメール起源説」の講義に圧倒さた。

 

啓子さんとスーザンが同室で、父の除隊のきっかけはGHQ時代からユダヤ偏狭が、脈々と継承されて居ることに落胆し除隊になった事、父の潔良さと苦悩が気の毒と話す。


翌日は、古川の小型バスにブラウン一家に古川の柏木一家・まさると16人乗りのバスに丁度定員のお客さんで、彩音さんと豊さん兄妹が見えないが正一さんの運転で最初は鳴子峡の見晴らし台で小休憩。

 

江合川の源流で、荒雄岳から流れる荒雄川の両岸に広葉樹が色とりどりに紅葉し、まさに錦秋を堪能。

 尿前の関で昔を偲ぶ

折り返してこけし館や尿前の関の遺跡を見学、ブラウンさんが
「ここが松尾芭蕉が山形へ通った「尿前の関」ですか?Kくんに教わった和歌と俳句の区別が付かず、何度も聞き直した経験がありますよ」と松林と雑草が生い茂って居る句碑の周り眺めていた。

 

ブラウンさんがふ~んと言いながら
義経さんご夫妻もここを通って逃げたんだぁ」と思うがけないことを呟く。

 

傍を歩いていたスーザンが
「えっパパはどうしてそんなこと知って居るの?私は高校時代に習ったので、何となく思い出しましたが、変ねぇ~」とブラウンさんの顔を見ている。まさるも気付いて

 

松尾芭蕉源義経の足跡

「そうでしたね、芭蕉が「奥の細道」でこの辺を通ったのが1689年で、源義経が逃避行したのが1189年頃と言われますから、丁度500年も経過して居ますよね」

 

「Kさんの話は、義経時代は鳴子温泉ではなく近くの河原にお湯が湧いて居て、義経の奥さん静御前が出産直後で、温泉で療養して居たような話が残って居ると言いましたが、ここから河原まではきつい坂道ですね」と川の方を眺めて居る。

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芭蕉さんが通る500年前に、義経さんが奥さんの静御前を伴ってここで一休みしたらしい(^^♪

        「蚤虱(のみしらみ)馬が尿(しと)する枕元」

そんな話をしながら、マイクロバスはUターンして江合川沿いを走る。行き先は鬼首温泉に向かいトンネルを抜けて橋を渡り、ダム湖沿いに進みキャンプ場に入る。

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大昔の鬼首カルデラの低地部分は緑で山側の紅葉と良いコントラストだ(^^♪

キャンプ場から少し離れた見晴らしの良い大地に、見慣れたボクシーが留まって、テントが張られている。


いい匂いがしているので食欲をそそる。


めおと道場のワンボックスの傍らのテントがキッチン替わりで、豊さんと彩音さんが大きな鉄板にお肉と野菜を載せて焼き始めていた。

 

先行した3人が、キャンプ場の焚火も許可されたエリアを借りて、バーベキューを設定して居た。

 

スーザンとマイケルは大喜びで、駆け寄って行く。ブラウンさんたちはニコニコしながらゆっくり歩を進め

「柏木さん、今日は有難うございます、子供たちが小さい頃このようなファミリーサービスが出来なくて少し(肩身が狭いって)言うんですか、これもKくんに教わった言葉ですが日本語には、語彙が豊富で表現しやすいですね、有難うございます」とまさると祖父や祖母に顔を向けて、日本人以上に上手に話す。

 

「これはまさるのアイデアで、沖縄でもやって居るかも知れないが、こんな遊びも良いかなと知り合いのキャンプ場に頼んで頼んでみました」と祖父が話す。

 

啓子さんも

「沖縄も紅葉しますけど、温度の関係か広葉樹の種類か赤や黄色が鮮やかじゃなくて、これが紅葉って言うんでしょうね」とウットリ眺めて居る。

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木々が競うように色づき花園とはちょっと違う百花繚乱を満喫(^^♪

鬼首でバーベキュー

マイケルはペーパーエプロンをかけ菜箸片手に奮闘して居る。スーザンは彩音さんを気遣って、自分が大きな包丁で、野菜を切り始め香織さんと豊さんは、テントの中から飲み物を運んでいた。

 

古川の花代さんも、エプロンを取り出し支度をすると光江おばぁちゃんも手伝いたい素振りなので、香織さんが

「おばぁちゃん大体準備出来ましたから、休んで居て下さい」と丁寧に断る。
「じゃ外でおしゃべりでもしましょうかね」とテーブルにつく。

 

屋外用の椅子とテーブルを20人分くらい用意されて、これもキャンプ場の会社から借りて用意したようで、地元じゃないがキャンプ場の建設を柏木建設が担当し、今でも付き合いがあるので融通が利くらしい。

 

到着が少し遅かったので、間欠泉は食後の散歩に後回しで、お肉とエビなどの海の幸も盛りだくさんで、みんな大満足。

 

「若いころはウエストポイントなどで、焼き肉を食べた記憶が有るが、その後も除隊するまでこのような開放的なアウトドアのランチは食べてことが無いなぁ」と周りを眺めて居る。

 

マイケルも
「僕も学生時代にも、九州でこんな気分のいい焼き肉は無かったですよ」と楽しそう。

 

「今回のファミリー旅行は、古川と川渡の皆さんの心遣い気持ちよく堪能できました、明日からあの霞が関の世界で頑張れるはぁ」とスーザンも決意を新たした様だ。