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まさる先生のブログ

新たな武道の境地を目指します

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ブラウン一家の紅葉狩り-4(ブラウンさんの秘密)

彩音さんとの出会い

旅行にも街着にも似合うのは此れとコレが良さそうですね、手際よく取り出しケースの上に並べて呉れた。中着に暖かそうなトレーナーに裏付きのパーカーなど手早い。

 

カラーバランスも派手さが無く、試着して見ると自分ながら印象が変わった。サイズが少し窮屈なので、取り換えてズボンも柔軟性のあるスポーツメイカーのモノで、裾も丁度良く、タッグを外して貰う。

 

ここで彩音さんが話に合流!

私は出社時に見かけた人だぁと思いながら、品選びを手伝いました。
外のウインドウの前で若いのに寒そうだなと、感じましたが、試着してタグを外して、そのまま帰る人は少なく奇異に感じました。

 

サイズ違いを出したことに自分としてはマイナスだなぁ、と思って居ました。

 

着たままタグを外すのは、結構大変なのでその場で脱いで貰ったり、普通の接客より印象に残り、トレーナーはそのままタグを切り取りましたが、見た目より体がしっかり鍛えれて居たので(思わずお年を聞いてしまいました)これも減点ですね、と笑う。

 

着換えの後始末をして呉れたのが彩音さんで、小さなザックも選んでもらう。

 

新幹線に乗るので、それなりの格好をしようと2~30分ショッピングに対応して貰い、特別親しい会話はしないが気になる存在では有った。

まさるは小田原から九州へ急ぎ旅。

 

彩音さんは2年目の学生生活に、まさるも公立の大学に入学した。

 

運命の出会いはここで途切れ気味に細~くなる

まさるは、高校時代は小・中時代の暗い因縁を消すため技と体つくりに専念、目的を達した時点で次のスッテプに切り替えた。

 

大学は九州でお世話になった、佐々木俊一さんと鈴木奈緒美さんの域に達し様と勉学に傾注し、この4年間も図書館か道場に行けばまさるに会えると言われるほど、無駄を排除した生活を送った。

霞が関のお役所に就職して7年、元席は同じオフイスだが、まさるのチームが特殊な業務で海外に居住所を移動して、密かな業務が多かった。

 

国内の不可思議な事案で、呼び戻され単独で冬の北海道の捜査を担当、微妙な事案も情報拡散をセーブしながら、首謀者の確保で決着した。

 

その活動が表彰対象になり、東京の庁舎で表彰・懇親会で彩音さんに遭遇、上司の紹介で話す機会を得ました。

ブラウンさんも気になる結末

「お二人の馴れ初めは、荘厳なラブストリーで始まりだったのかなと、想像して居ましたが聞いて見ると淡々とお話しますね」

 

「そうですね、高校卒業が始めての出会いから12~3年経過して、これも偶然ですがお互いの素性を知ったのですから、不思議な縁ですね」とまさるは淡々と話す。

 

ブラウンさんも乗ってくる

「私の事を比較しちゃ失礼ですが、スーザンとマイケルにユックリ話す機会が無く、この場を借りて宜しいでしょうか?」と少し苦笑しながら坐を見回す。

 

「はい今晩は、身内だけの集まりですからご遠慮せずに、お願いします」とまさるはみんなの顔を見回す、一同にうなずく。

 

「プライベートを明かすのは、啓子さんと沖縄のお父様だけですが、わたしが今日話したくなったのは、みなさんがご自分の事を肩ひじ張らずにサラッと話すのを聞いて感動しました」とスーザンとマイケルにしっかりアイコンタクトする。

 

「少し自慢話になる部分もありますが、経緯がありますのでご容赦下さい、これは軍の機密では在りませんが若干触れます。軍の上級将校になると一般の軍人以上に上部に気を使い、上からの命令は絶対です」

 

聞いているみんなも、少し緊張気味に耳を傾けている。

 軍の機密か~?

「これは啓子さんとお会いする前から、私は日本に赴任するにはもう少し知識を広げようと考えて来ました。日本の歴史や武士道に興味があり、部隊の日本語通訳にお願いして、時間の許す範囲で日本語の会話と読書を付き合って貰って居ました」

 

「日本人ですが大学を卒業後に留学して、大学に進み終了後に軍の職員として採用された人で、岩国海兵隊基地に配属されて居ました。私が岩国に技術指導で駐在した時お会いしました」

 

「人柄が良く信頼出来る方で、指導して貰いたいが出来ますか?と聞くと、彼は加賀谷君と言うのですがいつもKくんと呼んでいました。出身が東京の八王子なので、立川なら戻りたいと言うので、基地の司令部に掛け合って横田に配置換えを頼んだ経緯があります」

 

「これは、軍人以外の転属は少ないのですが、少し横車?を押したようです、この横車の言葉は彼に言わせると(少将の職権乱用です)と窘められました」と舌を出して笑う

 

「従って、私は他の軍人より日本語を深く解釈できるようになりました、それと日本の書籍は出来るだけ翻訳本ではない、普通の日本文字を読むことが苦になりません」

 結構な要人だぁ

「私は横田・千歳・沖縄国の空軍基地に在籍、86年レーガン大統領とゴルバチョフ書記長がアイスランドで米ソ首脳会談の時は、護衛として空軍部隊を指揮して同行しました。それ以降も政府の要人と仕事をする事が多くなりました。ただ一つのミッションの区切りで横田に戻るとホットするようになり、啓子さんが英語で接客して呉れるのが懐かしいと言うか安心出来ることに気付きました」

 

「横田を離れても何か忘れ物したような虚しさを感じるので、わたしは、啓子さんより自由に沖縄にも往けたので、一人で沖縄の道場を尋ねお父様に逢って(啓子さんとの結婚を許してくれますか?)と本人より先にアクセスしました。お父さんは、私の顔を5~6分位黙って見て居ました(あなたは私の視線を外さなかった、本人より先に私を攻め落とすとはやはり将軍ですなぁ)と許してくれました」

「そうですか(將を射んと欲すれば先ず馬を射よ)のことわざを実践したのですね」と祖父が感嘆する。

 古事記日本書紀

「これも日本語の先生曰く、日本の諺を知ることも日本を理解する一つの手段ですと教えられています、実は軍から身を引く決心も故事来歴が起因します」

 

「まさかことわざですか?」とまさるが驚く。

古事記日本書紀なども翻訳本で手にしましたが、昔の言葉が理解できずKくんに助けて頂きました。その時(ブラウンさんは日本の国の始まりはご存知ですね)と云われ(神武天皇が初代天皇とか天照大神の話は読みました)と答え(神話は架空の話のようですね)と自分の解釈を言いました」

 

その日はホリディ―で時間があったのでKくんが、もう少し面白い話が有りますが聞いて頂きますか?と云うの次の様な話を聞きました」

 

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天孫人種六千年史の研究」を執筆なさった三島敦雄氏は大山祁神社の宮司でもあった(^^♪

昭和2年(1927年)三島敦雄と言う宗教学者が600ページの歴史書天孫人種六千年史の研究」を発行したようです。